第31回 有安諒平(ボート)「選手兼、水先案内人」

ボート 2019年5月27日
写真:有安諒平

ボートは、オールをこいで2000mの速さを競い合うスポーツ。同時スタートし、最初にゴールした艇が勝利する。オールをこぐ力とともに効率よく水を捉えるテクニックが勝敗を分ける。実にシンプルな競技だ。2008年の北京パラリンピックから正式競技となり、「パラローイング」とも呼ばれている。

パラリンピック競技としての大きな特徴は、障害特性によって、1人乗り(シングルスカル=PR1)、2人乗り(ダブルスカル=PR2)、4人乗り(舵手付きフォア=PR3)の3種目が決められていること。さらに、PR2、PR3は男女混成チームで、PR3では、同じ艇に身体障害の選手と視覚障害の選手が混合で乗り込み競技に参加する。東京パラリンピックでは、初めて陸上競技で異なる障害の選手がチームを組むユニバーサルリレーが行われるが、これまではボート競技のPR3が唯一異なる障害の選手がともに参加する種目だった。

写真:パラリンピックボート競技、種目とクラス分け

公益社団法人 日本ボート協会より

ヨーロッパでは絶大な人気を誇るボートだが、日本での知名度は、正直かなり低い。2020東京パラリンピック実施競技22のうち、ボート競技を知っているという人は最下位で、全体の約0.6%にしかならない(2018年1月、東京都世論調査より)。

「ぜひ、ボートの魅力を広く知って欲しい。そのためにも取材にきていただけませんか」

写真:チームでの練習

PR3で東京パラリンピック出場を目指す視覚障害の有安諒平選手から、筆者宛にそんな手紙が届いたのは、今年の立春ごろのこと。男女混成で異なる障害の選手と健常者の舵手が協力して勝利を目指す。そんなボートの魅力を熱く綴った文面に心をつかまれ、手紙に書かれていたメールアドレスに返信した。「ぜひ、取材させていただきたい」と。そうして、合宿中の相模湖にお邪魔して練習の様子を見学し、後日改めて話を伺った。

■スポーツとは無縁の少年時代

写真:有安諒平

有安諒平は、1987年に米国・サンフランシスコで生まれた。幼少期はアメリカで過ごすが、日本に帰国後小学校に入学している。小学校高学年の頃からものが見えづらくメガネを作った。中学に進学すると一番前の席で黒板の文字を追い、教科書を拡大コピーして勉強していたという。15歳の時に「黄斑ジストロフィー」という指定難病であることがわかる。現在の視力は、中心でものを見ることができず、明るいところでぼんやりと人影を認識できる程度だ。

子どもの頃から見えづらかったこともあり、球技などスポーツはすべからく苦手だった。動植物が好きで、夏休みには学校が所有する農場で牛の世話に明け暮れていたという。

視覚障害があることを生かして人の役に立つことがしたいと、筑波技術大学で理学療法を学ぶ道に進む。大学で視覚障害者のためのスポーツがいくつもあることを知り、その中で最初に取り組んだのは、柔道だった。

「柔道を始める前にダイエットして体重を落としたら、体が軽くなって動くことが楽しくなった。仲のいい同級生がやっているということで柔道を始めたんです」
現在、視覚障害者柔道の強化指定選手として活躍する女子の半谷静香は、仲良しの一人だ。

初めてのスポーツに夢中になるも、2017年にボート競技への転向を決意する。そのきっかけになったのは、東京都が主催する「競技転向プログラム」。アスリートが自分の適性を見つめ直すためのイベントだ。

「この時初めて、ボートには視覚障害と身体障害の選手が一緒にレースをするクラスがあるということを知りました。“多様性”を実現するスポーツであることに、とても興味を覚えたのです」

■超マイナーだからこそ、価値がある!

写真:エルゴメーターでトレーニングをする有吉

エルゴメーターでトレーニングをする有吉

柔道は、練習相手が必要だ。そのためにも道場に通う必要がある。しかしボートなら、エルゴメーターという専用マシンを使用すれば、オールをこぐ体力やテクニックを、一人で自由な時間に磨くことができる。
エルゴメーターは、水上と同じオールをこぐ操作でトレーニングできる室内マシンだ。トレッドミルやエアロバイクのように、距離や時間、速度などのデータが表示される。自然条件に左右される水上と異なり、客観的に自分の力量を見極めることができ、かつ水上と同じ動作でトレーニングできる。選手にとっては、水上での操作と同様、エルゴメーターは重要な存在なのである。
ボートに出会う以前は、理学療法士として筑波大学でのロボットスーツ研究という仕事に従事していた。その後杏林大学大学院への進学を決めたこともあり、昼間はどうしても研究に時間を取られてしまう。帰宅後深夜に一人、エルゴメーターを使って練習できるボートは、自分の生活環境にも適していたのだった。

「何回のストロークでどのくらいの距離を進むことができたか、その数字が昨日より今日の方が大きくなる。成長がわかります。研究職についていたからでしょうか、数値的に自分の成長が把握できることが自分には合っていたのだと思います」

さらに、超マイナースポーツであることにも強い興味を抱いた。

「もともと、僕の中には、自分に障害があるからこそ、ほかの障害者など自分の状況に苦しんでいる人たちの役に立ちたいという気持ちがありました。理学療法士になり、ロボットスーツの研究に積極的に取り組んできたのも、そのためです。一方で、それとは別に、パラスポーツで高みを目指すこと、その姿を人に見てもらうことにも大きな価値があると感じていました。パラリンピックは、障害があるからこそ挑戦できる。障害は、“ハンディキャップ”ではなく一つの個性、メリットになり得る。そういう価値観を広めていくことにも力を注ぎたいと思っていたのです」

ボートに取り組むことは、パラスポーツの価値を広めるためのビッグチャレンジになる。そう、直感したのだった。

そうして、ボートへの道がスタートする。

 

■異なる4人の力を合わせる

ボート競技に話を戻そう。障害の程度によって出場できるクラスが分かれている。
男女別1人乗り(PR1)は脊髄損傷などで下肢と体幹に障害があり腕だけを使ってオールをこぐクラスだ。下肢に障害があるが体幹を利用できる選手が乗艇するのが、男女混成の2人乗り(PR2)。
有安が属するのは、PR3クラス。身体障害は、上下肢いずれかの欠損や切断、まひなどの障害を指す。視覚障害については、全盲(B1)から有安のような弱視(B3)まで乗艇できるが、視覚障害者は1チーム2名まで、またB3は1名のみというルールがある。身体障害と視覚障害がある男女2名ずつの選手と、舵手(コックス)1名が1つのチームを構成する。どんな障害の選手でチームを構成するかも、レース戦略のベースになる

写真:チームでの練習

1人乗り、2人乗りはそれぞれ両手に2本のオールを持ってこぐが、4人乗りの選手たちは1本のオールをこぐ。どんなにパワーがあろうとも、4人のブレードワーク(オールの操作)が合わなければ、艇はちぐはぐに蛇行してしまい直進スピードに反映されない。オールをこぐテクニックやパワーとともに、4人の息をどれだけぴったりと合わせて効率よく推進させるかが、PR3の勝利に直結する。

「同じ動き、同じリズムでこぎ続けること。それが最速につながっていくんですね。障害特性が異なる4人がそれをどう実現していくか。水上での実践練習だけでなく、動画での録画やそれを元にしたミーティングを重ねて理想の形を追求する。チーム競技としてのプロセスが、本当に面白いんです」

個人的に力を入れてきたのは、2000mでこぎ負けない体力。

「視覚障害者は、身体には障害がありません。出力の面で足りない要素を作ってはいけない。エルゴメーターでのタイムをあげる努力は死ぬほど取り組んできました」

エルゴメーターでのトレーニングは、ボートをこぐ動作で全身の体力を向上させる。これをベースにして、筋持久力を高めるための軽負荷、高回数によるウェイトトレーニングをプラスする。

写真:1本の竹の棒を4人が持ってエルゴメーター上でこぐ動作をする。リズムやペースを合わせる練習

1本の竹の棒を4人が持ってエルゴメーター上でこぐ動作をする。リズムやペースを合わせる練習

「フィジカル強化とともに水上でのテクニックも重要です。腕を1cmでも余計に前に出してオールを押せば、てこの原理によってブレードは3cmほど先の水面をとらえることができます。一般的に2000mのコースで200~250回のストローク数になります。もし、1回のプッシュで10cm長くなれば(腕を約3cm前に出してオールをこぐ)、2000mの距離では20mから25mくらいの差が生じる計算になります」
少しでも前に腕を出して、ブレードがより長く水を捉えれば、それだけ距離を稼げることになる。2000m続けるテクニックが、スピードにつながっていくのだ。

しかし、ブレードで水を無駄にかき回してしまえば、力が逃げてしまう。しっかりつかんでぐーっと押す。1人乗りであれば自分の最高出力だけを追い求めていけばいいが、4人乗りではそういうわけにはいかない。

「上肢障害によって片腕1本でオールをこぐ選手や、筋力の異なる女子選手と一緒に、リズムやペースを作っていく。それぞれに進化や成長もするし、新たな課題も生じる。その中で4人揃って力を合わせて、最大限効率のいいこぎ方を探ることが、PR3というクラスでは大事なんです」

 

■世界選手権の経験で“壁”をこえた

2018年9月に、ブルガリアで世界選手権が行われ、日本も参加。ただし、当時まだ4人乗りの規定に則った人数が揃わなかったため、有安はパラリンピック種目ではない2人乗りのクラス(PR3 M2—)に初出場し、8分34秒で4位となった。このクラスで優勝したカナダチームの記録は7分12秒、有安が本来出場を目指しているパラリンピック種目のPR3で優勝したイギリスチームの記録は7分00秒。まだまだ世界のトップクラスには圧倒的な差で水をあけられていた。

「ボートを始めたばかりの頃、エルゴメーターでの2000mの記録は7分40秒がやっとでした。世界選手権の頃には7分06秒くらいになっていました」

このエルゴメーターでのタイムが、世界選手権への初出場を境に、急激に成長する。
「帰国後2か月で6分50秒にまであげることができた。現在、練習では6分40秒台でこぐことができていると思います」

健常者の高校生、大学生の男子選手の間では“7分の壁”と呼ばれ、エルゴメーターでの2000mで7分を切ることが目標の数値になっている。現在、有安はこの“壁”をすでに打ち破っていることになる。もちろん、水上での記録は風速や風向によってばらつきがあり、エルゴメーターでのタイムがそのまま反映されるわけではない。
「とはいえ、パラリンピックで世界と対等に戦うには、インカレで表彰台に上がるような力が必要なのです」
と、有安は言う。

本格的にボート競技に取り組んでわずか2年。世界選手権が有安にもたらしたのは、世界で“どう戦うか、どこが目標か”という具体的なイメージだ。
「世界選手権を経験して、ライバルを明確にイメージできるようになったことが成長につながりました。また、パラリンピックでメダルを取ろうと思ったら、健常者の世界で大学生に打ち勝つレベルであることが必要という、具体的で現実的な目標も見えた。大きなきっかけになりましたね」

 

■ガッツポーズもできないほど、力を出し尽くす

ボート競技では、長身でリーチの長い欧米人が有利と言われる。

「持って生まれた体格差はどうすることもできません。日本が勝負できるのは、やはり4人の選手が“一糸乱れぬ一体感”を作り出すこと。自分一人だけの力では勝てませんが、自分をコントロールしながら取り組み、毎回反省や工夫のしどころがある。チームワークを駆使して体格差のあるチームを打ち負かすことに醍醐味があるんです」

写真:2018年9月、ブルガリアで開催された世界選手権に出場した日本チーム。有安選手は後方一番右

2018年9月、ブルガリアで開催された世界選手権に出場した日本チーム。有安選手は後方一番右


障害特性が異なる男女の選手が作り出すチームワークは、PR3の大きな見どころだ。現在は、有安同様にスポーツの枠を超えてボート競技に転向する選手が出てきた。2019年8月にオーストリアで開催される世界選手権ではPR3での出場を目指す。有安自身は、現在、杏林大学大学院医学科の博士課程で学びながら、競技を続けている。東急イーライフデザインという企業が、学業と競技の生活を経済面で支援する。

「2000mこいでフィニッシュした直後は、もうガッツポーズさえできないくらい力を出し尽くします。柔道では、開始からわずか数秒で一本負けを喫して力を出しきれないこともありましたが、ボートでは、毎回練習でもレースでも、限界にチャレンジできる」

1年後に迫った東京パラリピックに出場して、搾りかすさえ出ないくらい、限界まで力を出し切ることが目標だ。

写真:“一糸乱れぬ一体感”を目指して

“一糸乱れぬ一体感”を目指して

6月16日、東京オリンピック・パラリンピックのボート会場となる海の森水上競技場で<完成記念レガッタ>が開催される。一般の選手とともに有安らパラの選手もお披露目レースに参加する。1年後の晴れ舞台をいち早く、同じ会場で見られるこのイベント。ぜひ足を運び、力を出し尽くす選手の姿を見てほしい。

写真提供:有安諒平選手

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、雑誌「Tarzan」ほか「スポーツグラフィックナンバー」などで執筆。現在、「Tarzan」「それを最大限に活かせ! パラアスリートGO!」の連載を展開中。12年ロンドン・パラリンピック、14年ソチ・パラリンピックではNHK開会式中継解説を担当。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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